オリンピックの祭りの後に・・  山西哲郎先生


コロナ禍、猛暑、大雨に加えて、日本列島は世界の平和の祭典オリンピックを終えました。われら走る仲間の皆さんは、いかに過ごされましたか。本来ならば、木々の木陰の下をゆっくり走り、草地に腰を下ろし、ビールでも飲みながら、アスリートの体いっぱいに躍動した姿を思い浮かべ語り合いたかったですね。
 1964年の東京オリンピックの時、僕は東京教育大学の3年生。1912年日本が初めて参加したストックホルムオリンピックに、わが母校の旧名名、東京高等師範学校長の嘉納治五郎氏を団長、マラソン選手に金栗四三が参加しました。しかし、それほど大騒ぎもなく、むしろ、箱根駅伝を2か月に控え、群馬の山に合宿していました。
 その落ち着いた気持ちになれたのは、その頃、愛読していたパーシー・セラテイの「チャンピオンへの道」の前文の言葉でした。


※上記の写真右は、パーシー・セラティ。'How to Become a Champion' by Percy Wells Cerutty (PMA Booksによる復刻版 2013) より引用。原著は1960年刊。

  『捧げる言葉
 近代オリンピックの創始者クーベルタン男爵の有名な言葉を借用して言い足せば
  重要なのは勝つことではなく参加することである
  重要なのは到達することではなくそこに達する道すじである
  重要なのはできることではなくできるように努めることである
  全世界は努力する人をたたえるー努力家にはだれでもなることができる
  そして誠実で我慢強い努力家が最高の成果を勝ち取ることができるのである
  チャンピオンとなるべき努力家にこの本をささげる』


 しかし、来日中であったはずのセラティ・コーチには、むろん会えなかったのですが、7年後にオーストラリアの彼の合宿所にでかけ、5日ほど、砂丘などの大自然を走りながら教えられました。
 そのなかで、「スポーツは平和であること」を理念としてより人間にふさわしいスポーツを創ることであると身体スポーツ文化伝えられました。
 今回のオリンピックでもいろいろな課題が出ましたが、どうやら競争原理が先行しすぎ、上記のセラテイの言葉から、そして市民社会や文化から離れてしまったのではないかと・・

マラニックはSPORTS FOR ALL
 人間は知的人間(ホモ・サピエンス)、道具を作る人(ホモ・ファ―ゲル)そして、遊戯する人(ホモ・ルーデンス)と言われています。
 ホモ・ルーデンスとは、生活を楽しく、元気に仲間と過ごす運動や遊びを創る人間のこと。しかし、幼い頃、戯れ、自由に走っていた人がなぜ、走る喜びを心と体から失ってしまうのか?
 先日、鳥取大学の地域学部でオンラインでの授業でしたが、250名の学生に「マラニック」をテーマで話しました。
 「走ることは、自分と、友達、そしてまわりの風景と対話することであり、走りに歩きを加えれば、もっと対話が深く広がり、楽しい走る世界を創っていけるだろう」と、すわっての聴講でしたが、質問や意見が出され、提出してくれたコメントは300字以上にも及び、「走りに歩きを入れることの楽しさ」「マラニックを初めて知り、歩と走の組合せで、動作だけではなく自分と対話を加え心も動かす」「競技ではなく、共戯」・・と次々に、彼らから新しい発想の言葉が綴られ、新たな走るスポーツ文化が創られてきます。
 私たちもコロナ禍も過ぎていくにつれ、秋の色彩と共に、新たな走るスポーツ文化を創っていきたいですね。

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