電子版 楽しいランニングのススメ(抜粋) 5回連載の第3回





2011年、東北大震災の年に刊行された「楽しいランニングのススメ」(山西哲郎 編、創文企画 2011年刊)は、10年以上にわたって読み継がれてきました。

楽走プラスでは、本書をさらに多くの方に読んでいただきたいと願い、執筆者および出版社の許諾をいただいて、山西哲郎氏が執筆された下記の各章を抜粋した電子版として公開いたします。
  1-1 楽しく走るために
  1-2 ソクラテスになって走る
  2-2 人間再生トレーニング
  2-5 アンチ・エイジング・ラン
  あとがき

また、全5章をまとめたダウンロード用ファイルも用意いたしました。

【ダウンロード用ファイル】
ダウンロード用ファイルは、本ブログのサイドバー(スマホなどでは「≡」ボタンから)にある下記アイコンの「楽走の本棚」にあります。

いずれも無償でご利用いただくことができます。

2022年9月1日 楽走プラス・スタッフ一同

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【第3回配信】

2-2 人間再生トレーニング


山西哲郎

 四季が明確である風土に住む日本人は、「人生には、春夏秋冬とあり」という吉田松陰の言葉を自然に受け入れることができます。今日のように子どもから高齢者までどの年代でも走る時代になってくると、いつでも同じ走り方になるというのではなく、人生の春、夏、秋、冬によって走り方は変わり、それぞれにふさわしいものになってくるはずです。

 春は子どものランニング。心身の発育に応じて走る能力は著しく発達していく。子どもの発育を身長で測るように、走る能力によってもその度合いを知ることができます。夏は青年期。心身の発達が最一員となり、走能力も最も高い時。そして、高度な筋力とスタミナを持ってスピード豊かに走る姿は力強いのです。秋から冬は、中高年の時代。筋力、持久力といった体力は下降し始め走る勢いも乏しくなってきます。しかし、他のスポーツ種目とは違い、マラソンやウルトラの中心は中高年であり、わが国のフル完走者は男女とも40歳代が最も多いことでもそれを証明できます。むろん、人生の夏を過ごす青年の長距離の記録には40、50歳の中年では及ぶことはとても不可能です。それよりは、より人間的深みと広がりのあるランニングトレーニングをする必要があるのです。

 しかし、ランニングの多くの情報や考え方、そして方法はどちらかといえば春や夏の時代であるアスリートランナーを対象とした記録の向上を目指したものがほとんどであり、中高年の特性を生かすものが余りに少ないと思われます。そこで、ここでは人生燃え尽きるまで「いかに走るか」を述べてみます。

1.中高年からのランニング

 中高年は「スタミナ」と「技」と「精神力」の総合力的な時代なり。走るとは、「精神力」「技」「体力」つまり、心技体と言う総合的な人間力の表れであり、この3つの力を、調和させながらどこまでも長く走ることができるかという喜びを持つ運動文化です。
 さて、中高年の特性は大まかには次のようになります。

(1)走るための健康をつくる
 健康とは病気ではないことと定義されることが多いです。しかし、本来の健康とは、寒暑や風など周りの環境に適応する力であり、いかなる環境の変化や困難さにも耐えられる予備的心身のエネルギーをたくさん持っているかということです。それには、フロイドがいう、光や風といった自然にふれながら身体活動することにより、もっとたくましい健康をつくらねばならないのです。

 そこで、運動不足によって体力の低下の著しい文明化の進んだ時代では、病気の予防のための健康つくりにはじまり、次に、ランニングをするためのトレーニングと段階を踏んで行かなければならず、日常の生活に足や腕を使った身体活動を多くして、昔のたくましい中高年に少しでも戻る生活トレーニングがランナーになるための健康です。

(2)走る体力をいかに作るか
 筋力や運動神経、柔軟性は、30~40歳から低下しはじめ、50、60歳になれば衰えはいちだんと激しくなっていきます。それをランニングに結びつけてみると、脚力、背筋、腹筋などの低下で歩幅が狭く、フォームも小さく、スピードがなくなり、短距離走はむろんのこと、1500m や5000m でも記録も悪くなってしまいます。 しかし、スタミナの衰えは少なく、スピードを落として長く走り続けることは青年に負けないくらいで、フルやウルトラへと距離を延ばすことはさほど難しいことではないのです。

 となれば、まず、日々の走りは効果の大きいゆっくり走を中心にしてから始め、トレーニングが楽しくなるコツでしょう。 しかし、スタミナを支えるのは心肺機能だけではなく、筋肉や腱、関節であり、そして脳と筋肉の結びつき運動神経をつくる筋力トレーニングも実施しなければなりません。

(3)技はペースである
 走能力を上げるためには、スタミナを活かすコツや合理的な技が必要であり、良いフォームや快適なペースを身につける必要があります。

(4)粘り強さという精神力
 年齢を重ねていくことは我慢強い忍耐力を創っていきます。72歳のUさんは「古希を迎えた今日、この老体をひっさげ、いきなり壮年群に伍して駆け出した」と走り始めました。 長く走り続ける精神力はすでに加齢とともにつくられているので、毎日走ることやゴールまで目標を諦めないで走るのは精神力であり、若いランナーは3、4年で止めてしまう者が多いのに対し、中高年は怪我や病気にならない限り亀のように路上の人になって動き続けることができるのです。

(5)中高年の記録はどこまで伸びるか?
 これまでの多くのランナーを見ていると、80歳から歩き始め90歳でも走ってる人もあれば、アル中で家族を悩ましていた人が50歳を過ぎてから走りだし、60歳でサブスリーになる人もいたり、私のように20歳からフルを走り、40歳前後から加齢とともにワースト記録を更新する者もいます。

 しかし、フルの記録からいえば、年齢の最高記録は20歳から30歳にかけてですが、走り始めてからの年数でみれば、最初の5年で伸び、次の5年から10年で自己最高、そして10年目から15年で必死に維持をし、それ以後は下降の一途を辿るというのが、一般的傾向と思われます。


2.走歴タイプ別トレーニング

中高年で走っているランナーを見れば、次の3つのパターンで変化し、それに応じたトレーニング・プログラムが必要になってきます。

(1)中高年になって始めるタイプ
 このタイプは、老化と病気の予防という健康つくりランナーになることが目標です。全体の動く感覚から走る感覚を取り戻し、自分の体との対話を楽しめ、その進め方はまず、健康つくりとして、ゆっくりと走る体にしていきます(表1参照)。

表1 初心者の再生トレーニング ランナーになるためには… 

日常生活で、歩数を1万歩~2万歩へ

食前に必ず運動(ストレッチ、ウォーキング、ジョギング)

5分でもよい、ストレッチだけでもよい

1日に一度は5~10分のジョギング(ウォーキングを入れてもよい)

1週に一度は30分以上

◯ジョギング(歩+走)

◯自転車

◯歩く旅(ハイキング・登山)

とにかく30分以上脚を動かし、楽しく動き続ける


 基本のトレーニングであるストレッチ、ウォーキング、ジョギングの3つを欠かさない。 スピードは1km 6~8分と思いきってゆっくりと。苦しくなったら歩きを入れて時間を長くすること。このほうが心肺機能や脚の毛細血管が発達し、トレーニング効果は大きい。目標は自分の快適なスピードを身につけ走ることが楽しみになること。そうなれば、少々苦しい練習や試合でも心身とも耐えられるようになるのです。最初からフルを走る人がいるが、まず、5km程度から余裕を持って大会に臨むこと。ハーフやフルは3年たってからというほうが確実に自分の走りができて、息の長いランナーになるはずです。

(2)一度中断して再び始める再生タイプ
 高校や大学で陸上部の長距離選手として活躍したが、卒業するともう走らない(イヤ、走りたくない?)。しかし、中年になって楽しそうに走っている人を見て、再び走り出す。 だが、体重は増え体が重く、スピード感もスタミナもない。 そのうえ、いっしょに走る素人ランナーに負けてすぐにやめてしまう選手だった人が多いのです。

 だが、そのような悪条件を乗り越えて走りを再開すれば、青年時代で身につけたスタミナもスピードのレベルは高く、専門の技や知識もあって、たちまちリーダー的存在になってしまいます。

・初心に戻り新しい走る感覚を持つ
 若いときの走りをいったん忘れ、新鮮な走る感覚をつくっていきます。
・スロースピードに徹する
 それには、最初はイライラしても我慢してスピードを思い切って落として走れば再び楽しさが出てきます。
・経験を生かす
 ランニング教室を開く、走る仲間に呼びかけてクラブを創るという社会的ランニングは自らの新しい走りにつながるはずです。

(3)一貫して走り続けるタイプ
 少年のころから走ることが好きでいつまでも走るランナーは50歳を過ぎれば、僕のように毎年タイムの低下に悲哀をもつことがあります。時には、78歳でフルを4時間5分の山田敬蔵さんのようにいつも年齢別のトップで走る人に魅せられ、目標にするのもよいかもしれません。 いや、タイムよりは何度もフルを走っても、若い時以上の新しい感動があるものです。

・単調さからの脱出
 ランニングでもっとも怖いのは、単調で退屈になってしまうことで。スピード、時間、コース、シューズ、仲間など、変えられるものは変えるという工夫する楽しみがあるのです。
・トライアスロン式練習
 ランばかりではなく、魚のように泳ぎ、風となってバイクを練習に加えれば意外とフレッシュ。走るスタミナと上体や脚と異なる筋肉を使えば、新たなトレーニングになるのです。
・ときには短距離走
 ずっと長距離ばかり、そして、さらにウルトラに挑戦というのが一般的パターン。そこで、あえてそれを反抗するように距離を10km 、5kmと減らし、さらに100m走も実にフレッシュ。1週間に一度くらいは練習に取り入れてみたいものです。

3.中高年にふさわしいトレーニング方式と管理

さて、いろいろと中高年の走る世界を述べてきましたが、以上のことを配慮しながら具体的なトレーニング・プログラムを紹介してみましょう。

(1)1年長期トレーニング

 日本の四季の特性をうまく応用すれば、変化をもたらしながら多種多様なランニングの方法ができてきます。 加齢の課題は低下する体力の維持向上ではなく、むしろ脳を使い、脳を進化させるトレーニングが必要なのです。それは頭に考えたことをいかに体に正しく伝えるかというソクラテス的走り方です。

・春は「スピード・トレーニング期」
 走る距離を減らし、ストレッチや筋トレで体をリフレッシュさせれば、スピードが生まれてきます。

・夏は「休養期から、クロス・トレーニング期」 わが国の蒸し暑さは長距離には不適です。そこで暑さに慣れるまで涼しい時刻に涼しい場所探し、週末には涼しい登山、やがて、暑さになれたらランに、自転車、水泳を加えてのクロス・トレーニングでスタミナつくりをします。

・秋は「走り込み期からレース期」 涼しいときがランニングの旬。大いに走り、そのスタミナでレースに出ます。

・冬は「レース期から休養期」 レースに疲れてきたら、休養期。中高年はあまりに寒いときは筋肉を冷やし、呼吸機能も負担がかかります。そこで日中、冬の日差しを浴びながらゆっくり走ります。雪国では、クロカンや歩くスキーで、楽しさとスタミナつくりをします。

表2 年間トレーニング 

季節

トレーニング期

ねらい

主なトレーニング

ベテラン

初心者・高齢者

3~5月

リフレッシュ・トレーニング期

冬の疲れと寒さからリフレッシュ。ストレッチや筋トレなど、感覚をよくし、スピード走ができるようにする

ストレッチ、筋トレ、 ジョッグ(6~8分/km)、起伏走、スピード走(インターバル、4~5km)

ストレッチ、筋トレ、ジョッグ、起伏走

6~8月

休養期~クロストレーニング期

暑さに慣れるまでは、休養的トレーニング。慣れたら自転車、水泳でスタミナづくり

ストレッチ、筋トレ、ジョッグ(30~60分)、水泳

ストレッチ、筋トレ、ジョッグ、ウォーキング、水泳、自転車

9~11月

走り込み期~レース期

涼しさとともにゆっくり長く、スタミナがついてきたらレースに出場する

ストレッチ、筋トレ、LSD(60~120分)、ペース走

ストレッチ、筋トレ、LSD(60~80分)、ペース走

12~2月

レース期

レースは月1~2回。北国の人はクロスカントリースキーも加えよう。レース前後はよく休養すること

レース、ジョッグ、ペース走

レース、ジョッグ

  

休養期

レースが終わったら2週間は休養

ストレッチ、ジョッグ、自転車、水泳

ストレッチ、ウォーキング、ジョッグ

「スピード~休養~走り込み~レース~休養」の流れを明確にすること。 特に加齢にともなって休養が必要。 疲れをとって走るという原則。

(2)週間トレーニングメニュー

 年間、月間とトレーニング計画ができたなら、1週間にどんな練習ができるかが課題です。その中高年を意識した原則は…

・日々、内容に変化を
 鍛える日と休養日をもうけます。時間もコースも日々変えて、柔らかい土や芝生が最適です。走の中に速歩を取り入れます。走や歩きよりストレッチと筋トレを多く取り入れるなど、いろいろな工夫を試みます。

・トレーニング日誌を書いて健康管理
 走ることは、感覚を鋭くし、体との対話をすることです。毎日、元気に走るには、まず、走って感じたことを記入し、その疲労と回復の状態を知り、トレーニング・プログラムを作成したり、修正をします。まさに、自分の頭と体によるセルフコーチ。

 老いていくと、いつまで生きられるかと思うことがありますが、それはいつまで走られるかということにもなります。そして、今日を最後だと思い、日々のランニングを最高にしたいと思うだけ。そこには、走る感覚で得た言葉が生まれます。それを日記として積み重ねていくこともランニングの楽しさでしょう。



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