連載 私はこう読む 「楽しいランニングのススメ」 第11回 人間再生トレーニング 後半

[2−2 人間再生トレーニング 後半]


「楽しいランニングのススメ」 山西哲郎ほか著 創文企画 2011年

 無償の電子版(山西氏執筆による章限定)をご利用ください。

 楽走プラス 楽走の本棚 電子版「楽しいランニングのススメ」


 過去分はこちら:

 第1部 楽しく走る

  第1章 楽しく走るために

   第1回 第2回 第3回 第4回 第5回

  第2章 ソクラテスになって走る

   第6回 第7回

   テキスト中の人物や本の紹介

    第8回 ジョージ・シーハン

    第9回 長距離走者の孤独(アラン・シリトー)、

        The First Four Minutes(ロジャー・バニスター)

 第2部 いかに走るか

  第2章 人間再生トレーニング

    第10回


[この連載は、個人の解釈です。著者山西先生の確認を経た解説記事ではありません。]


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今回のテキスト:

2.走歴タイプ別トレーニング


中高年で走っているランナーを見れば、次の3つのパターンで変化し、それに応じたトレーニング・プログラムが必要になってきます。


(1)中高年になって始めるタイプ

 このタイプは、老化と病気の予防という健康つくりランナーになることが目標です。全体の動く感覚から走る感覚を取り戻し、自分の体との対話を楽しめ、その進め方はまず、健康つくりとして、ゆっくりと走る体にしていきます(表1参照)。


 基本のトレーニングであるストレッチ、ウォーキング、ジョギングの3つを欠かさない。 スピードは1km 6~8分と思いきってゆっくりと。苦しくなったら歩きを入れて時間を長くすること。このほうが心肺機能や脚の毛細血管が発達し、トレーニング効果は大きい。目標は自分の快適なスピードを身につけ走ることが楽しみになること。そうなれば、少々苦しい練習や試合でも心身とも耐えられるようになるのです。最初からフルを走る人がいるが、まず、5km程度から余裕を持って大会に臨むこと。ハーフやフルは3年たってからというほうが確実に自分の走りができて、息の長いランナーになるはずです。


表1 初心者の再生トレーニング ランナーになるためには…

日常生活で、歩数を1万歩~2万歩へ

食前に必ず運動(ストレッチ、ウォーキング、ジョギング)

5分でもよい、ストレッチだけでもよい

1日に一度は5~10分のジョギング(ウォーキングを入れてもよい)

1週に一度は30分以上

◯ジョギング(歩+走)

◯自転車

◯歩く旅(ハイキング・登山)

とにかく30分以上脚を動かし、楽しく動き続ける



 (2)一度中断して再び始める再生タイプ

 高校や大学で陸上部の長距離選手として活躍したが、卒業するともう走らない(イヤ、走りたくない?)。しかし、中年になって楽しそうに走っている人を見て、再び走り出す。 だが、体重は増え体が重く、スピード感もスタミナもない。 そのうえ、いっしょに走る素人ランナーに負けてすぐにやめてしまう選手だった人が多いのです。

 だが、そのような悪条件を乗り越えて走りを再開すれば、青年時代で身につけたスタミナもスピードのレベルは高く、専門の技や知識もあって、たちまちリーダー的存在になってしまいます。

・初心に戻り新しい走る感覚を持つ

 若いときの走りをいったん忘れ、新鮮な走る感覚をつくっていきます。

・スロースピードに徹する

 それには、最初はイライラしても我慢してスピードを思い切って落として走れば再び楽しさが出てきます。

・経験を生かす

 ランニング教室を開く、走る仲間に呼びかけてクラブを創るという社会的ランニングは自らの新しい走りにつながるはずです。


(3)一貫して走り続けるタイプ

 少年のころから走ることが好きでいつまでも走るランナーは50歳を過ぎれば、僕のように毎年タイムの低下に悲哀をもつことがあります。時には、78歳でフルを4時間5分の山田敬蔵さんのようにいつも年齢別のトップで走る人に魅せられ、目標にするのもよいかもしれません。 いや、タイムよりは何度もフルを走っても、若い時以上の新しい感動があるものです。

・単調さからの脱出

 ランニングでもっとも怖いのは、単調で退屈になってしまうことで。スピード、時間、コース、シューズ、仲間など、変えられるものは変えるという工夫する楽しみがあるのです。

・トライアスロン式練習

 ランばかりではなく、魚のように泳ぎ、風となってバイクを練習に加えれば意外とフレッシュ。走るスタミナと上体や脚と異なる筋肉を使えば、新たなトレーニングになるのです。

・ときには短距離走

 ずっと長距離ばかり、そして、さらにウルトラに挑戦というのが一般的パターン。そこで、あえてそれを反抗するように距離を10km 、5kmと減らし、さらに100m走も実にフレッシュ。1週間に一度くらいは練習に取り入れてみたいものです。


3.中高年にふさわしいトレーニング方式と管理


さて、いろいろと中高年の走る世界を述べてきましたが、以上のことを配慮しながら具体的なトレーニング・プログラムを紹介してみましょう。


(1)1年長期トレーニング

 日本の四季の特性をうまく応用すれば、変化をもたらしながら多種多様なランニングの方法ができてきます。 加齢の課題は低下する体力の維持向上ではなく、むしろ脳を使い、脳を進化させるトレーニングが必要なのです。それは頭に考えたことをいかに体に正しく伝えるかというソクラテス的走り方です。

・春は「スピード・トレーニング期」

 走る距離を減らし、ストレッチや筋トレで体をリフレッシュさせれば、スピードが生まれてきます。

・夏は「休養期から、クロス・トレーニング期」

 わが国の蒸し暑さは長距離には不適です。そこで暑さに慣れるまで涼しい時刻に涼しい場所探し、週末には涼しい登山、やがて、暑さになれたらランに、自転車、水泳を加えてのクロス・トレーニングでスタミナつくりをします。

・秋は「走り込み期からレース期」

 涼しいときがランニングの旬。大いに走り、そのスタミナでレースに出ます。

・冬は「レース期から休養期」

 レースに疲れてきたら、休養期。中高年はあまりに寒いときは筋肉を冷やし、呼吸機能も負担がかかります。そこで日中、冬の日差しを浴びながらゆっくり走ります。雪国では、クロカンや歩くスキーで、楽しさとスタミナつくりをします。




表2 年間トレーニング

季節

トレーニング期

ねらい

主なトレーニング

ベテラン

初心者・高齢者

3~5月

リフレッシュ・トレーニング期

冬の疲れと寒さからリフレッシュ。ストレッチや筋トレなど、感覚をよくし、スピード走ができるようにする

ストレッチ、筋トレ、 ジョッグ(6~8分/km)、起伏走、スピード走(インターバル、4~5km)

ストレッチ、筋トレ、ジョッグ、起伏走

6~8月

休養期~クロストレーニング期

暑さに慣れるまでは、休養的トレーニング。慣れたら自転車、水泳でスタミナづくり

ストレッチ、筋トレ、ジョッグ(30~60分)、水泳

ストレッチ、筋トレ、ジョッグ、ウォーキング、水泳、自転車

9~11月

走り込み期~レース期

涼しさとともにゆっくり長く、スタミナがついてきたらレースに出場する

ストレッチ、筋トレ、LSD(60~120分)、ペース走

ストレッチ、筋トレ、LSD(60~80分)、ペース走

12~2月

レース期

レースは月1~2回。北国の人はクロスカントリースキーも加えよう。レース前後はよく休養すること

レース、ジョッグ、ペース走

レース、ジョッグ



休養期

レースが終わったら2週間は休養

ストレッチ、ジョッグ、自転車、水泳

ストレッチ、ウォーキング、ジョッグ


「スピード~休養~走り込み~レース~休養」の流れを明確にすること。 特に加齢にともなって休養が必要。 疲れをとって走るという原則。



(2)週間トレーニングメニュー

 年間、月間とトレーニング計画ができたなら、1週間にどんな練習ができるかが課題です。その中高年を意識した原則は…

・日々、内容に変化を

 鍛える日と休養日をもうけます。時間もコースも日々変えて、柔らかい土や芝生が最適です。走の中に速歩を取り入れます。走や歩きよりストレッチと筋トレを多く取り入れるなど、いろいろな工夫を試みます。

・トレーニング日誌を書いて健康管理

 走ることは、感覚を鋭くし、体との対話をすることです。毎日、元気に走るには、まず、走って感じたことを記入し、その疲労と回復の状態を知り、トレーニング・プログラムを作成したり、修正をします。まさに、自分の頭と体によるセルフコーチ。

 老いていくと、いつまで生きられるかと思うことがありますが、それはいつまで走られるかということにもなります。そして、今日を最後だと思い、日々のランニングを最高にしたいと思うだけ。そこには、走る感覚で得た言葉が生まれます。それを日記として積み重ねていくこともランニングの楽しさでしょう。


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 今日、ランニングのトレーニングメニューは本やネットにあまた掲載されていてどれを選ぼうかと迷うほどの有り様ですが、どの方法を使うにしてもそのトレーニングの目標とするところを踏まえて選択することが重要かと思います。よりハードな内容ほど効果が大きいだろう(no pain, no gain;痛みなくして進歩なし)などと短絡的に考えてしまうと、いたずらに怪我や故障のリスクが大きくなって、せっかくの楽しいランニングを見失う結果を招き、本末転倒になりかねません。

 

 今回のテキストでは、ベテランと初心者・高齢者に分けた年間トレーニング、週間トレーニングの例が示されました。著者山西氏は、「春や夏の時代であるアスリートランナーを対象とした記録の向上をめざしたものがほとんどで、中高年の特性を活かすものが余りに少ないと思われます」という認識のもとに、「そこで、ここで人生燃え尽きるまで「いかに走るか」」(第10回)に目標を置いたトレーニング例を示そうとしました。


 中高年向けのランニングプログラムというと、肥満その他の生活習慣病対策を意識して健康のために走る内容がよく見受けられますが、著者が述べるトレーニングは、前回に強調されていたように、「健康のために走る」のではなく、「走るための健康を作る」ところから始まって人間再生を目指すためのプログラムであるところに最大の特徴があると思います。


 ただ私が注意したいと思いますのは、著者のようないわゆる権威者やトップアスリートといった影響力のある人がトレーニング方法やメニューを示すとどうしてもそれに盲従する危険性があることです。LSDを提唱したヘンダーソンは、当時LSDとはどのように走ったらよいのかを知りたいと願う人々が多かったにもかかわらず、あえて具体的なトレーニング方法を示しませんでした。ロング・スロー・ディスタンスの言葉にこだわりすぎて、極端な長距離練習に陥って却って故障する人が続出した経験をしたためです。


 こうした痛い経験をしたヘンダーソンは、LSDを提唱した5年後に出した本の中で次のように釘を刺しました。


 「This is not a step-by-step guide to specifics of running gently and running long, There are no schedules as such, because that would tie you to my plan instead of freeing you to find your own.」 "Run Gently, Run Long - The follow-up to Long Slow Distance, five years and one surgery later" (1974)

(要旨:この本ではステップ-バイ-ステップのトレーニング法を示すことはしません。示してしまうと読者をその方法に束縛してしまい、読者が自分に合った方法を見出すことを妨げる結果になるためです。) 彼は、トレーニング法が自分に合っているかどうかを本当に見極めることができるのは本人なのだと主張しています。他人の言に盲従するのではなく、自分が主体的に判断すべきだと考えたのです。


 山西氏もこうしたことを念頭に置いていたと思われます。トレーニング法を示した2つの表(表1、表2)をよく見れば、その内容は厳格なものにはなっていません。表1では、ジョギングやウォーキングの速さは指定されていませんし、この表の考え方は「とにかく30分以上脚を動かし楽しく動き続ける」という緩やかなものです。表2にはもう少し具体的に、例えば、ベテラン向けにはジョギング(ジョッグ)の速さの目安などが記載されていますが、インターバル走にもペース走にも速さは示されていません。一人ひとりの読者による工夫・裁量の余地を残したものと解釈しています。ヘンダーソンと同様に、読者自身が自分で判断してほしいという著者の願いを私はこれらの表から汲み取りましたが、いかがでしょうか。


 読者は、表2に「狙い」の欄があって、そこに示された目標を理解したうえで、自分に合ったメニューを考えることを期待されています。


 著者は、トレーニング法の考え方として、中高年は「体力の維持向上ではなく、むしろ脳を使い、脳を進化させるトレーニング」をすべきことを強調しています。体力の維持向上を目的に走り出す中高年は多いのではないかと思いますが、著者によるこの言葉は逆説的であり、示唆に富んでいます。「脳を使う」とは、第1部第2章「ソクラテスになって走る」(第6回第7回)にあるとおりです。


 本章の最後に、「今日を最後だと思い、日々のランニングを最高にしたい」との気持ちで日々のランニングを積み重ねる、とあることを心に留めておきたいと思います。



次回は、2−5 アンチ・エイジング・ランに進みます。



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